一曲ごとに寄せられる拍手
■ニュー東京ポップスの船出
1 『ライブ・はっぴいえんど』
その日は雨だったが、夕刻、会場近くに着いてまず目に入ってきたのは、えんえんと路上に続く人の波だった。一九七三年九月二十一日。コンサート「CITY―Last Time Around」が開かれた文京公会堂。肌寒い雨をものともせずに開場を待つ聴衆の思いは、やがて場内の熱い歓呼と拍手に結ばれた。
『ライブ・はっぴいえんど』は、この日最後のステージを迎えた日本のロック・グループ、はっぴいえんどを中心に当時ベルウッド・レーベルに所属していたアーチストの演奏を収録したものだが、同じ日の別のアーチストたちを記録したショーボートからのライブ盤と合わせて、客席にいた一人には、懐かしさとともにあのころのこの国の音楽シーンそのものを鮮明によみがえらせてくれる。
この国のあらゆる国内産洋楽がそうであるように、ロックもまた英米のそれのひきうつしからスタートした。はっぴいえんどにしてからが、バッファロー・スプリングフィールドぬきには語れない。そうして、雑多なグループ、雑多なシンガーがフェヴァリット・ミュージシャンの影響を受けつつそれぞれに音楽の完成度を高めてきたのが、この時期だったのだ。
それはまた、ロック特有の響きやリズムを好みながらも、できることなら自分たちの生きている社会と時代に奥深くかかわる歌や音楽が欲しいという、聴き手一般の願望が徐々に満たされてきた時期でもあった。だからこそこの日、満員の聴衆は都会の青年の孤独やうつろいを歌うステージ上の演奏に熱い支持を送ったのである。
実際、このアルバムに聴くはっぴいえんどの演奏は、ライブ特有の荒っぽさを伴いつつも躍動感に満ちている。そして、一曲ごとに寄せられる拍手のうねり。グループの解散を惜しむだけではなく、「これからわれらの時代の歌と音楽の本番が始まるのだ」という期待と願望をそこに聞き取ったとしてもけっして間違いではないはずだ。
しかし、結果から見れば、このコンサートは実質的にはむしろ日本のロックがその活動の主体をライブハウスからレコード製作へと移していく上での橋渡しの意味のほうが強かったようだ。事実、この日の出演者の顔ぶれの内には、「華麗なるニュー東京ポップス」こそが待機していたのである。
